読谷村史の歩み【2】
『読谷村史』資料編の発刊
まず、第二巻資料編1「戦前新聞集成」を1985年8月に発行。引き続き毎年発行する計画で、第三巻資料編2「文献資料」、第四巻資料編3「民俗編」、第五巻資料編「芸能・歌謡・その他」とし言語・人物伝・移民・統計・教育・美術工芸等を含んでいた。第六巻資料編5「戦争編」、第七巻資料編6「考古・自然編」、第八巻資料編7「新聞集成Ⅱ(戦後編)」であった。
『戦前新聞集成』上下巻を発刊後、記事の取捨選択(29,000件から5,000件を原稿として筆耕し、2,166件の記事を収録)したが、その中で不採用とした記事の中から友竹亭で詠まれた琉歌を読谷村関係資料『比謝矼友竹亭 琉歌集』として1987年に発刊した。また『文献に見る読谷山』(1988年発刊)には「おもろさうし」を始め近世・近代までの文献史料を収録した。その中で金石文や多くの「地方史料」を発掘し収録することができた。地方史料の中で家々に伝わる由来記に関する野史に属するものは読谷村関係資料『読谷山の由来記』(1990年)として発刊した。
1988年4月から12月にかけて、沖縄県地域史協議会では戦前期の官報原本(琉球大学附属図書館と沖縄大学図書館所蔵)から沖縄関係記事を抽出する作業(糸満市史、那覇市史、浦添市史、西原町史、宜野湾市史、北谷町史、沖縄市史、読谷村史、沖縄県警察史が作業に参加)を行い、1冊あたり800~1000頁の官報を一枚一枚めくり、沖縄県関係資料約10万枚を抽出した。1992年(平成4年)発刊の読谷村関係資料『官報にみる読谷山』はその事業の成果に負うところが大きい。
1995年(平成7年)3月に発刊した「読谷の民俗」は、昭和60年に専門部会を立ち上げ、もっとも執筆者が多く、58人を数える。公民館での執筆者の合同調査を幾度も開催した。本巻には、昭和51年から実施された民話調査(沖縄国際大学口承文芸研究会及び村立歴史民俗資料館)で採集された民話をコラムという形で各章に配し、その理解を助けた。その調査をもとに読谷歴史民俗資料館では各字毎の民話集を発刊し、全15巻を数えている。
「戦時記録」の編集にあたり、昭和19年当時の読谷村の全字・全戸についての悉皆調査(予定3,150戸)を実施、調査票にそって1989年から開始して約1,000戸を終了した時点で、沖縄県で全戦没者を「平和の礎」に刻銘することになった。1993年10月に説明会が実施され、読谷村でも1993年12月から翌年1月までの2か月間にわたり実態調査を実施、22か字から調査員215人が参加、戦没者3,573人分をパソコン入力し、重複を整理して3,071人を集計した。上原から戦時記録編をひきついだ小橋川は企画課時代に平和行政を担当しており、その経験がいかんなく発揮された。これまでの調査結果は日米両軍の資料、読谷村役場行政文書、100人余の村民の証言とともに読谷村史 第五巻資料編4『戦時記録上巻』(2002年発行)、『戦時記録下巻』(2004年発行)としてまとめられた。この戦時記録上・下巻は第25回沖縄タイムス出版文化賞特別賞(2004年12月)を受賞した。
その他沖縄戦に関する読谷村史発刊物として『読谷村の戦跡めぐり』(2003年発行、村内33か所の戦跡を地図、写真とともに掲載)、『三人の元日本兵と沖縄』(2002年発行、写真集)を発行した。また児童・生徒を対象に編集された『読谷の先人たち』(2005年発行、14世紀の泰期から現代の人間国宝まで、読谷の先人たち16人の伝記)がある。

継続巻の発刊に向けて
今年度発刊予定の第六巻資料編5「統計にみる読谷山」は、戦前の『沖縄県統計書』から読谷村関係を抜き出し解説したもので、約700頁、併せてPC対応の電子ブックの発刊も予定している。データ入力作業そのものは1998年から2001年にかけて外部発注で進めていたのだが、第1回専門部会が2001年3月15日に開催したものの、その後の戦時記録の編集に忙殺され、第2回専門部会が再開されるのに2005年12月20日を待たなくてはならなかった。再開を機に強力な助っ人として琉球大学の川平成雄教授に加わっていただいた。それから一気に11回の専門部会を重ね、2008年6月16日には第1回執筆者会議開催に漕ぎ着けたものの、なかなか原稿が集まらない状況が続いていた。今年こそはいよいよ発刊、そして出版祝賀会が刻々と近づいてきた、
次巻は、第七巻資料編6「民俗芸能」編。かつて村史編集委員会を立ち上げ、資料館館長で退職した長浜真勇に頑張ってもらっている。「広報よみたん」の連載や『読谷村立歴史民俗館紀要』にしたためた報告論文があるのでその集大成となる。統計編や民俗芸能編のメドが立ったことから、2011年度末の3月18日に「移民・出稼ぎ」編、また「言語」編は3月26日にそれぞれ専門部会を立ち上げた。調査そのものは1991年3月にハワイ移民現地調査、1994年3月に関西地区読谷郷友会の出稼ぎ調査を実施。1992年から3年間を外務省外交史料館での資料収集に専念した。言語編の調査は、沖縄県言語研究センターの協力を得て1985年8月から2年掛け『琉球列島の言語の研究 全集落調査票』で実施した。

読谷村総合情報センター構想
新図書館建設に向け、基本構想を編む中で、地域情報のワンストップサービスに努めるという観点から、新しい館は村史編集室及び公文書館を含む複合館構想に膨らみ、今年度は(仮称)読谷村総合情報センター基本計画策定の運びとなった。
これは、1991年2月6日に開催した「行政文書フォーラム」(主催:沖地協)に端を発し、沖縄県公文書館、北谷町公文書館に続いて読谷村もその文書館構想を温めてきた。公文書館法や公文書管理法等法整備が整う中でその実現の時を迎えることになる。
沖縄県地域史協議会(2011年)『琉球・沖縄の地域史研究-沖縄県地域史協議会の30年-』より抜粋